（ここで本を手にする）
今日、公園で近所の子供相手に人形劇をしてきた。 お母さんに抱かれた赤ちゃんも観に来ていて、 意味もわからないのに、きゃっきゃって、楽しそうに笑っていた。フフ、可愛いたら……。 昔、私にも赤ちゃんがいた…。 相手の男なんて誰だかわからなかったけど、産みたかったから私は産んだ。 育てようと思ったわ。でも、やっぱり無理だった。 私はとても若かったし、地方回りの売れない女優で、とても子供なんか連れて行けなかった。だから、旅先の施設の玄関に、だまってその子を置いてきたんだ。 とても可愛い女の子だった。 お別れに、十字架のネックレスを首にかけてあげた時にも、あの子は大きな目で、じっと私をみていた。 あれから２２年。 子供のことを話したのは、マリーさんだけ…。 　　 それにしても殺風景な部屋だねえ。 見えるのは向かいのぼろ屋敷だけ。 あそこ、誰も住んでないのかしら？ あ、下のベランダに、また猫が来てる。 マリーさんたち、猫が好きなのね。 トントって、言ったわね、あのギター弾き。 マリーさんとはどんな関係かしら？ まあ、いいわ。他人のことはほっておきましょう。 誰にだって触れられたくないことがある。 　　 マリーさんが私をここに呼んだ理由。 それが、わかったのが、まひるに紹介されてから。 不動産屋はひなたって苗字しかいわなかったから、最初はわからなかった。 でも、あとで、マリーさんから、名前を聞かされて。 動かない証拠が、あの子の首のネックレス。 マリーさんはぜんぶわかって、私をここに呼んだんだ。 　　 まひる。まひる。まひる。まひる。まひる。まひる。まひる。まひる。 まひる。まひる……。 　　 あの子にまた会えるなんて。 いまさら名乗るつもりは、さらさらない。 でも、ここにいる間に、あの子となにか出来たら。 　　 そうだ、あの子とお芝居をしよう。 人形劇を教えよう。 楽しいということを教えよう。 シナモン、チェリー、ライム博士、マダム・ラベンダー、みんな協力してよね。
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