今日は私の三五歳の誕生日だ。夏子さんがお誕生日のパーティをしてくれた。
夜、私は先生にメールをした。

先生、今日は私の誕生日です。
体調はとてもいいです。最近、引越しをしました。仕事も始めました。古い着物を売る仕事です。一度捨てられた古いものがもう一度、新しい命を持ってここにあるような気がします。
友達がプレゼントをくれました。小さな箱に入って、リボンがかかっていました。
リボンを解くとき、どきどきしました。それで、思ったんです。今のどきどきと、私の病気のどきどきは、同じ音なのに、どうしてこうも違うのだろうって。
私の心の中は大きな箱になっていて、その中に、いいものと悪いものがまぜこぜに詰まっているのでしょうか。
それとも、同じような形をした小さな箱がいっぱいあって、病気の私には、いいものも悪いものも、見分けることが出来なくなっているのでしょうか。
どきどきするって、本当は素敵なことなのに。
そのことを、なんだか忘れていたような気がします。

一週間経って、返事がきた。

人には箱に閉じこもっていたいという思いと、箱から飛び出したいという思いがあるのですね。子供の頃には小さな箱のなかに、無限のものが詰まっていたような気がしていました。そんな小さなたからものを持っているだけで楽しかった。大人になるとそういうものでは満足が出来なくなるのでしょうか。
今の僕はといえば、病院という箱のなかで、じっと空を見ている飛べない鳥のようです。飛び出したい思いと、身動きの出来ないもどかしさと。羽室さんの心の箱がこれからはすばらしい物で満たされますように。

（顔を上げる）窓の外。見上げると満月だ。
窓を開ける。
どこからか、カスタネットの音が聞こえてくる。
ことこと、ことこと。ゆっくりと。気持ちよさそうに。
私は指でめがねの輪を作って覗いてみる。
まあるく切り取られた空が見える。
その空に、
子供の私が、カスタネットを鳴らしながら登って行く。

三月五日。
私は、ぼろ市に、先生を呼んだ。

私は元気に働いています。
病院の箱から抜け出して、
先生、
みに来てください。

END