……………… 久しぶりに姉がやってきた。姉は結婚して、遠くの街で暮らしている。商社マンの夫と二人の子供と夫の母親。 そのお姑さんと喧嘩して家出してきたのだ。 ○「２，３日泊めてよね」 ○「ここ、狭いよ」 ○「大丈夫。二人でくっついて寝よう」 スーパーで、食材を買って、ついでにおなべやら調理道具やらも買い足して、姉と二人で夕ご飯をいろいろ作って食べた。 ○「こんなに作ったの、久しぶり」 ○「貧しい食生活をしてるのね」 ○「だって、一人だと面倒だもの」 二人で同じ布団で眠るのは子供の時以来だ。あれやこれや昔のことを話した。 姉は久しぶりにお酒を飲んだと言って、はしゃいでいた。 ○「家に電話しなくていいの？」 ○「大丈夫よ。少しは心配させなくちゃ。 …そうだ、ねえ、みずえ、あんた、川っぺりに住んでいたおじさんのこと、覚えてる？」 ○「川っぺり？」 ○「みずえが小学校の１，２年の頃だったかな、家の近くの川っぺりにぼろ小屋があって、 そこに変なおじさんが一人で暮らしていたじゃない。 あんた、おじさんが集めてくるビンやらダンボールの箱やらで遊ぶのが好きだった。 同じ年頃の友達がいなかったから、そのおじさんとばっかり。 あの日は、枯葉や木切れを集めて焚き火をしてて、寒い日だったのよね。 その焚き火がダンボールに飛び火して…、いやだ、覚えてないの？もう、大変だったのよ。 おじさん、手に火傷して病院運ばれて、あんたはわあわあわめくばかりだし、母さんや父さんは警察に呼ばれるし。 二人とも、もうびっくりしてたわ。まさか自分の娘がそんな素性のしれない男の小屋に入り浸っていたなんてねえ。 思ってもみなかったんだから。私が叱られちゃったわよ。なんでもっとちゃんと妹のこと見ていないのって。 そりゃあ、無理よねえ。だって、４つも年が離れてたのよ。友達と遊ぶのに忙しかったんだから」 ○「トモヨリさん…」 ○「そんな名前だったっけ？」 ○「そのおじさんの手、どうなったの？」 ○「さあ、違法建築とかで小屋はつぶされてしまったし、おじさん、あのあと、どこかに行っちゃったわね。 ねえ、本当に覚えてないの？　…そういえば、あのあと、父さんも母さんもあの時の話を避けていたみたいだったけど。 …　みずえ？　もしかして、その人になにかされたとか…」 姉が悪いことを聞いたという風に口をつぐんだ。 忘れていた。封印された記憶。 雑然と物があふれていた小屋。日に焼けたくしゃくしゃの笑顔。しゃがれた声。特徴のある歩き方。大きな背中。 タバコのにおいのする手。 いろんな話をしてくれた。昔旅をしたという外国の話。船の話。そうだ、船に乗っていたと言っていた。外国航路の船だ。 拾ってかえった犬を、母親に捨ててきなさいと言われ、どこに捨てていいのかわからずに泣いていたら、声をかけてきてくれた。 それがはじまり。友達になるのに年は関係ないよって、言っていた。 クラスの友達より、学校より、先生より、姉より、両親より、トモヨリさん…。
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