もりお君は母のことを、最初、あさこちゃんのおかあさんと呼んでいた。 それが、ある時からかよさんに変わった。 母はたいてい夜遅く、酔っ払って帰ってきた。 お土産に食べきれないほどのおすしを買ってきて、無理やり寝ている私を起こしてお茶を入れさせた。 そんな時、隣の部屋から、よく、もりお君の弾くギターの音が聞こえてきた。 ○「そうだ、坂口君にもおすし持っていってあげようっと」 母がおすしの包みを持ってもりお君の部屋に行くと、私は壁に耳をくっつけて、二人の会話を聞こうとした。 けれど、二人の声はくぐもってよく聞こえない。ギターの音は止んで、時折聞こえてくる母の笑い声。 二人の場所に、なぜか行ってはいけないような気がしていた。 いつだったか、もりお君が車を友達から借りてきて、三人でドライブをしたことがあった。 車はポンコツでがたがたと揺れながら走った。 ○「これじゃあ地獄への道行きみたいだわ」 ○「何？」 ○「かけおちして心中でもする気分」 ○「何？心中って？」 ○「好きな相手と死んじゃうこと」 ○「もりお君となら死んでもいいよ」 ○「ばかねえ」 ばかねえと母は言った。ばかしたいよなあと、もりお君は言った。助手席に座っている母をみつめながら。 私はそんな二人を後ろの席からじっとみていた。 母ともりお君の間に何かあったのか、なかったのか。すべては私の想像にすぎなかったのかもしれない。
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