店の中には珈琲の香りが漂っている。
他にお客はいない。
カウンターの中の女性が迎えてくれる。
珈琲を注文して、あたりを見回す。
どこか懐かしい感じのする喫茶店だ。
洗濯船とも似ている。
カウンターの向かいには大きな昔風の鏡。
鏡の中に、ふと、誰かの視線を感じて振り向く。
奥の飾り棚の上。そこに、アンティークの人形が置かれている。
人形はまっすぐのまなざしでこちらを見つめていた。
まるで、私を待っていたかのように。
まさか、啓太郎が瑠衣子さんに送った人形？
いや、そんなはずは。
でも、もしかして。
私は珈琲を運んできたマダムに尋ねてみる。
マダム曰く、ここを買い取った時、この人形もあったのだという。
買い取ったのはマダムの両親で、両親はすでに亡くなっていて、元の持ち主のことは、マダム自身はあまり詳しくないらしい。
ただ、と、マダムは続ける。
近所に長く住んでいた人の話だと、この家には、女性が一人で長く暮らしていたらしい。
やはりここは瑠衣子さんの家だ。
その娘さんが瑠衣子さんなのだ。
マダムの許可をもらって、私は人形を手に取ってみる。
繊細な表情のビスクドールだ。
私はマダムに啓太郎の手紙を見せる。
住居表示は変わっていたが、書かれている住所はこの場所のようだ。
瑠衣子さんはルイを残してどこに行ってしまったのだろうか。
「ルイ」
と、私は呼び掛けてみる。
窓から月が見える。
くっきりとした半月だ。
もうすっかり夜になってしまった。 月は亡くなった人を運ぶ舟だと聞いたことがある。
月の舟は星の林を抜け、なくなった人をどこに運ぶのだろうか。
そういえばこの店の名はサロン月舟。
カウンターの中のマダムがやさしく微笑んでいる。