去年、夏子さんと旅行をした。旅行といっても、夏子さんが地方の骨董市で着物を売る仕事に便乗しただけだ。お父さんが亡くなって、夏子さんは舞台美術の仕事をセーブして、古着屋稼業を継いでいた。
私も一緒に古着物や帯を売った。お客さんとの会話は楽しかった。なによりも、確かに自分の手で仕事をしたという感じがうれしかった。
仕事が終わって、二人で近くの温泉に寄った。仕事のあとの夏子さんは楽しそうだった。

私は努力の人だからね。

夏子さんはいつも言っている。

可愛くないからこずえみたいに男がめんどうみてくれない。というより男にたよりたくないわけさ。

なんにおいても楽をしたいと考えたら、人は老いて枯れて行くのだそうだ。

労働労働、そして働いたお金で遊ぶ。これだ。

（顔を上げて）「夏子さんはえらいな」

こずえにはかなわないけどね

（顔を上げて）「どうして？」

こずえには欲がない。欲のない人間は強い。

（顔を上げて）「強くなんかないよ、私は」

強くなんかない。知ってる？　国民の三大義務。私は労働の義務を怠っている。

愛人も労働さ。

しみじみと、夏子さんが、言う。
温泉町の小さな駅に立って夏子さんはさらに言う。

ここってさあ、何十年も前から全然変わらないのよ。学生の時にもおんなじで、今もおんなじ、それって、けっこうすごいじゃない？あんたにもそういうとこある。

私は変わらない。何十年も変わらない田舎町の駅と一緒…。